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【訃報】宅八郎の森高人形・紙袋・マジックハンド!オタク人生まとめ

まだオタク文化が根付いていない時代に、マジックハンドに紙袋、森高千里のフィギュアを手にした風体で、「the オタク」の強烈な印象を与えた宅八郎さん。

2020年8月にお亡くなりになっていた事がわかりました。

宅八郎さんのオタク人生を振り返ってみたいと思います。





宅八郎 プロフィール

本名:矢野守啓〈やの もりひろ〉

生年月日:1962年8月19日

出身地:静岡県浜松市

学歴:法政大学の社会学部

 

日本独特のオタク文化というものの発生に衝撃を受け、自ら率先してオタク文化を流行らせることを決意しました。

当時、連載を持っていた『週刊SPA!』上で、1990年2月に「オタク評論家 宅八郎」として登場を果たします。

 

宅八郎の森高人形・紙袋・マジックハンド姿に衝撃!

 

90年代のオタクのイメージは、今とは異なり、「気持ち悪い」「不潔っぽい」「女にモテない」「目つきが怖い」「近寄りたくない」といったような、とにかく最悪なものでした。

 

そこにベタベタしたような長髪に、紙袋、メガネ、森高千里フィギュア、マジックハンドという出で立ちで「the オタク」としてTVに現れたのが宅八郎さんでした。

 

「天才たけしの元気が出るテレビ」「とんねるずの生でダラダライカせて!」など人気番組に次々に出演し、一気に知名度を上げていきました。

 

 

ただ、これは後でわかったことですが、この宅八郎さんが扮装した「オタク」の格好は本人の嗜好にもとづいて選ばれた服装ではなく、TV的にオタクを演出するための演出だったそうです。

 

宅八郎さんは、無署名時代に、女子高生向けの雑誌「プチセブン」に寄稿していたという経歴を持っているだけあって、ファッションの知識を持ったオシャレな男性でした。

 

当時TVを見ていた方は、誰もがこの姿が宅八郎の素の姿であり「真のオタク」だと思っていたと思います。

 

そう思うと、とてもサービス精神旺盛がある方ですよね。

 

破天荒な性格

宅八郎さんの強烈なオタクキャラクターは、人々を惹きつけてきました。

その魅力は怪しいオタクというだけではなく、博識なところだと考えられます。

 

また、宅八郎さんは破天荒な性格で様々なトラブルを巻き起こしています。

編集者や作家と衝突することが多かったり、人の個人情報を公開して裁判になったこともあります。

 

「知能指数が高い気狂い」

と自分でいうだけあって、頭の良い破天荒さは自覚があったようですね。

 

行動力が凄い!色々な顔を持つ宅八郎

 

コラムニスト、タレントとして活動してきた宅八郎さんですが、実はホストやミュージシャンとしての一面も持っていました。

 

2004年ホストになる

2004年3月から歌舞伎町のホストクラブ「club G」でホストとして勤務します。

42歳でホストの世界に飛び込むとは驚きですねw

 

知名度もあり、頭の回転も良いことから、ホストとしてはそこそ人気があったようです。

スーツを着てメガネを外すと、ちょっとイケメンに見えますねw

 

ホストとして人気もあったので、頂点を目指していたようです。

しかし仕事上お酒を大量に飲んだことで体重が2年で10kgも増えてしまい、体調にも異変が・・・

これを期にホストを引退しました。

 

ピュアライムの学院長に就任

2006年4月に明日のスターを応援するピュアライムの学院長に就任しました。

2006年6月から「うにプロジェクト」のアドバタイジング・ディレクターとして活動、アキバ系撮影会や催しにも精力的に携わりました。

 

今のアイドルグループや地下アイドルの先駆けのようなものだったのかもしれませんね。

オタクの存在意義を今の位置まで引き上げた功労者ですよね。

 

渋谷区長選挙出馬

2007年4月、渋谷区長選挙に出馬表明しました。

 

メイド姿のコスプレに身を包んだボランティアのギャル3人をひきつれ、

「渋谷は秋葉原に負けている。メイド喫茶を増やし、アキバよりおしゃれな『渋谷系オタク』を確立する」と述べ、「渋谷の萌えタウン化」を公約しました。

 

が、やはり支持を得ることはなかなか難しく大きく得票率を落とす結果に・・・

 

5605票(8.5%)を獲得しましたが、供託金没収にあたる10%を下回る得票数のため、100万円は区に没収されてしまいました。

 

落選してしまいましたが、日刊スポーツの取材には、

「正直これほど票を入れていただき、ありがたい」

こういう機会が与えられることがあれば、チャレンジしたい」

 

と感謝の言葉と前向きな気持を述べていました。

 

音楽活動に力を入れる

 

宅八郎さんは、ミュージシャンとしての一面も持っています。

2000年代からは、「ハチロック」というロックバンドで、ボーカル、作詞・作曲を担当。

ライブ活動を精力的にこなしていたそうです。

 

 

また、「メカヤクザ」という名義でDJとしても活動。

 

オタク評論家としての宅八郎さんのイメージが強すぎるので、音楽を楽しんでいる姿に驚きです。

 

しかも、めっちゃワイルドになってるしw

 

 

60歳間近でこの行動力・誰よりも人生を楽しんでいる感じは尊敬してしまいますね。

 

宅八郎さんの訃報

 

2020年8月、脳出血で亡くなられたとのこと。

享年 58歳

 

まだお若いのに、本当に残念でなりません・・・

 





まとめ・・・

 

オタクのイメージが強すぎましたが、本当に多彩な才能を持った方でした。

いろいろ楽しませてくれてありがとうございました。

ご冥福をお祈りします。

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